エルサレムで主夫はじめました

~~~~~~~~ 30年間のサラリーマン生活から早期退職をして、イスラエルのエルサレムに家族で住み、主夫をはじめました。 ~~~~~~~~~~~~~~インターナショナルスクールに通う子供たちの様子、イスラエルとパレスチナの日常、主夫の心境などをつづります。 内藤 徹~~~~~

【コラム】イスラエルの教育:ユダヤ人とアラブ人がともに学ぶ学校(教育新聞2020年4月25日掲載)

エルサレムという特殊な場所

エルサレムの中心にある旧市街には、3つの宗教的に大変重要な施設が隣接して存在しています。①キリストが十字架に架けられた場所で、中に墓がある「聖墳墓教会」、②ユダヤ教にとって最も大切な祈りの場で、かつての神殿を囲む壁である「嘆きの壁」、③イスラム教にとって3番目の聖地で、預言者ムハンマドが昇天したとされる「アルアクサモスクと岩のドームのある神殿の丘」、の3つです。

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神殿の丘に建つ黄金の岩のドームと、手前にある嘆きの壁

 

この地は、3000年以上前から、様々な権力、宗教による興亡がありました。第二次大戦後には、世界各地から集まったユダヤ人がイスラエルを建国したことにより中東戦争が起こり、パレスチナの問題はいまだに解決していません。

実際に住んでいても、エルサレムはとても複雑な場所です。私の住む西エルサレムは、主にユダヤ人が住むイスラエル側ですが、幹線道路を挟んで東側の東エルサレムは、イスラエル国籍を持たないアラブ人が住みつつイスラエルが占領しています。さらに、その先には分離壁と呼ばれる壁があり、壁の向こう側にはアラブ人が住むパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地域が広がっています。パレスチナ自治区に住むアラブ人は、特別な許可がないとイスラエル側に来ることはできません。一方、壁のこちら側のユダヤ人もパレスチナ側に行くことは禁じられています。

 

ユダヤ人とアラブ人がともに学ぶ学校

このような状況のエルサレムに、ユダヤ人とアラブ人がともに学ぶ、ハンド・イン・ハンド(イスラエルユダヤ人・アラブ人教育センター)という名のイスラエルの学校があります。(https://handinhandk12.org/

イスラエルの人口構成は、ユダヤ人が約75%を占めていますが、アラブ人も約2割います。通常ユダヤ人とアラブ人は別々の学校で学びますが、この学校ではそれぞれ半数ずつ、一緒のクラスで学びます。言語は、それぞれの母語であるヘブライ語アラビア語の両方を使います。授業の中で、双方の文化、歴史などを学ぶことで、お互いを小さいころから理解する機会を作っています。

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ユダヤ人とアラブ人がともに学ぶハンド・イン・ハンドの校舎

 

イスラエルで相互理解の機運が高まった時代に、親たちが自分たちの思いで作ったのがこの学校の始まりです。正式な公立学校として認められており、政府からの助成金を得て運営されています。しかし、二か国語での授業は普通以上に費用がかかるため、積極的に寄付も募っています。エルサレムから始まったこの学校は、現在はイスラエル全土で6校まで広がっています。

この学校の思想は、「お互いを敵でなく隣人として理解する」ことです。「知らないことが恐怖を生むので、お互いを知ること」「同化するのでなく、各民族の文化を尊重すること」を大切にしています。その教育内容に答えはなく、親も先生も試行錯誤が続いているようです。そのため、教員がファシリテーションの研修をしたり、保護者が教員とともに学習内容やイベントについて議論をしたりしています。

ユダヤ人とアラブ人の相互理解は、非常にデリケートで難しい問題です。例えばイスラエルにとっての建国というめでたい出来事は、アラブ人にとっては未だに続くパレスチナ人の難民を生むきっかけとなった悲しい出来事です。そして、ここで学ぶ生徒はお互いを友達として育っていきますが、18歳になると徴兵制の壁に直面します。ユダヤ人は、男性約3年、女性約2年の徴兵が義務付けられていますが、実はアラブ人は徴兵されません。そして、軍隊に入ると、パレスチナイスラエルの敵として再教育されてしまいます。そこで、生徒たちは、「未来の理想を目指す教育」から、「いまだに続く現実の世界」に戻されてしまうのです。さらに、この学校のことは、イスラエル社会で誰もが存在を肯定しているという訳ではありません。実際、数年前には和平に反対する過激なユダヤ人グループに、校舎を放火される事件がありました。

 

ハンド・イン・ハンドから学ぶこと

この学校は、存在自体が社会に影響を与えていく「社会変革に挑戦をする学校」と言えると思います。「理想の未来があり、それを実現していく子供たちを育てていく」、というあり方です。それは、海外の特別な学校に限った話でなく、今の日本の学校や、一人一人の教員の意識のあり方においても大切なことではないかと思います。

また、異なる立場の意見や文化を尊重する教育の方法にも学ぶべき点があります。日本においても、在住外国人や、近隣諸国との関係において、「国家、民族、文化、宗教等の違いの中で、いかにお互いを理解し、共生していくか」という課題があります。多様な価値を尊重する教育が広がることにより、日本社会に多様性の価値への理解が進み、それが日本社会の活力につながることを期待します。

そして、答えのない中で、先生や保護者がともに学びながら教育を行う点も大切なことだと思います。今、世界中で直面している新型コロナウィルスの問題のように、何が正しい答なのか分からない中で、皆が試行錯誤をしながら解決していくべき課題が、これからの時代にはいろいろ待ち受けていると思います。学校の中で、リアルで答えのない課題を共に考えていく機会をもつことは、「外にある答えをあてる力」でなく「自分の中で判断する力」を養う上で重要だと思います。